「蛇石さん」 

 金蛇大明神として古くから祀られている小さな祠がある。
 文化12年(1815年)阿波藩が編纂した「阿波志」には「蛇石上名にあり、蔓をまといし石の割れ目に小さき蛇が
幡居し土地の者これをおそれ敬う」とある。
 この蛇の全身を見ると不幸が来ると言われ悪戯をすれば祟りがあると言うので物見高い人や参詣人が増え戦
前までは祭りで賑わった。

「ヤマジジ」

 昭和9年生まれのOさんが子供の頃、藤川谷の奥の通称マメアレという所へお父さんの山仕事について行った時の話。
 弟と川遊びをしていたら山の上から草を分けて、Oさん達と同じくらいの背丈で頭にハゲのある子供やら年寄りやら
分からないのが下りてきた。裸の背中はミノか毛のような物で覆われていたそうだ。
 水をかけあったりして遊んだが一言も喋らず、しばらくするともと来た山を上がって行ったのでお父さんに今のは何ぞ
と聞いたら
 「ありゃヤマジジじゃ」
と答えた。
 (山にはそんなもんがおるんじゃなぁ)
と思ったが怖いとは感じなかったそうだ。

「禿げ狸」

 柿野谷と赤野谷の中間の険しい崖は、古来よりアゼチボケと呼ばれた難所。国道が開通してからも、何人もの

人が落ちて死傷したり、恐い事件も起きたので道路脇にお地蔵さんが祭られている。
 旧道(土佐街道)は現在の国道の50メートルほど上を通っているが、昔その場所に綺麗な二人の女郎が出て

通る人を惑わすことがあった。
 ある侍が人々を惑わす女郎が出るのを防ごうと刀の刃を上にして道に置いたが、二人はその刃のこぼれた所をまたい
で通ってしまう。
 それを聞いた侍の主は
「仕方ない、成敗せよ」
と命を下した。侍は女郎を待ち伏せして斬り殺した。
 「むごいようだが日が当たれば正体がわかるぞ」
と日が上るのを待って見てみると女郎の正体は頭の天辺がハゲた
古狸だったそうだ。

「手斧淵」

 六呂木の下の淵は手斧淵(ちょうなぶち)と呼ばれている、昔その淵の上を通りかかった者が手斧を淵に落と
しそれを取ろうとして死んだそうだ。
 その者の霊か近くで野垂れ死んだ山伏の怨霊か、手斧の物の怪のためか、泳いでいると手斧で足を切ると
言われた。
 山伏の墓は手斧淵の近くにありS家では時々ハナシバを上げて回向をしていた。

「野鎌とヤマノカミノツカイとノヅツ」

 山の中などで痛みや出血もなく足などがスパッと切れる、このような現象を野鎌に切られたと言った。
 不当に捨てられたり忘れさられた鎌が化けた物だとされた。
 
 Oさんの古いお爺さん(お爺さんのお父さん)は上名の尾又の田の近くで狼の喉に刺さった兎の骨を抜いて
やって以来、狼を自由に呼び寄せられるようになり
 「狼は山の神の使いだから撃つなよ」
 と周囲の人に言っていたそうだ。

 山の中にはノヅツと呼ばれる蛇のような物がいて草をなぎ倒してサッと通り人々を驚かせた。

「マド」

 人の道に外れた極悪非道の者の死霊で、意志の弱い人間に取り憑いて人を殺めさせたり残酷な悪事を働
かせたりする憑き物。
 悪事を犯した者のことを
「あいつはマドに誘われたんじゃ」
と言い、思いもよらない悲惨な死に方をしたり行方知らずになると
「気の毒に、マドにとられた」
と言いあった。